2010年10月18日月曜日

ハワイ出張


2002年9月xx日
 順調なスタートを切ったものの米国本社の銀行口座の開設がまだでしたので、日本での仕事は社員に任せてハワイに出張に行きました。
ホノルル空港に到着後ワイキキに移動し、法人設立を手伝っていただいたDigital Point, Inc.の方と合流後、付き添っていただきハワイ州では有名なFirst Hawaiian BankのWaikiki Branch(ワイキキ支店)を訪問しました。ハワイは日本人が多いせいか、First Hawaiian Bankでは日本人の方が応対してくださり、日本語で法人口座の開設を行っていただきました。
 ここでの必要書類は以下のとおりでした。(現在は変更されているかもしれませんので必ずご自身でご確認をお願いします。)

・Certificate of Good Standing(設立証明書[会社存在証明書])
 「こういう会社は確かに存在しています」というハワイ州発行の証明書。
・Statement of Business operation(業務方法書)
 その名の通り、営業所の場所などが記述されています。
・Articles of Incorporation(基本定款)
 その名の通り、定款です。
・Bylaws(付随定款)
 細かな内容は、こちらの付随定款のほうに記述されます。
・現金またはトラベラーズチェック
 資本金に設定した額。資本金が1,000米ドルであれば、1,000米ドルです。なお、銀行ですので日本円でも受け付けてもらえます。両替のプロセスに若干時間がかかりますが気になるほどではありません。

 通常は、これらの書類は、登記時にまとめてファイリングされますので、実際は登記時に使用した書類一式がファイリングされたファイルを持参するだけで良いです。

 あとは、当然ながら印鑑は通用しない世界ですから、サインが必要になります。英文でも日本語でも良いですが、出来れば英文で出来るように練習を積んでおいたほうが良いです。私の場合は、外資系に勤務していたため雇用契約などで何度も英文でサインをしていたのが役に立ちました。
 ちなみに、漢字を見たことのない人たちに漢字でのサインを見せると「何この記号?これサイン?変わってるね。」と言われることもありました。

ということで、その他必要な手続きを済ませた後、少し観光してから帰国しました。

2010年8月13日金曜日

営業活動2

2002年9月xx日
 初めて受注した仕事は社員に任せましたので、人脈を利用して私の仕事を探す営業活動を行いました。当時はちょうどデジタル家電の開発が始まった時期でもあり、組込みLinuxという技術が注目されていました。しかしながら、まだ新しい技術であったために経験のある人材が不足していました。そのような時代背景もあり、幸運にもすぐに仕事が見つかりました。
 そのお客様は当時は非上場企業でしたので、面倒な手続きも少なくすぐに正式受注に至り、まもなく業務も始まりました。こうして2名のエンジニアリングリソースが埋まり、順調なスタートを切ることができました。

2010年5月24日月曜日

人材採用

2002年9月xx日
 初めての営業活動を行っていたちょうどその頃、以前の会社の元同僚が仕事を探していることを知りました。試しに新会社に誘ってみたところ、仲の良かった元同僚ということもありすんなりと話がまとまりました。(一般的に新会社がこのように人材を集めることは難しいでしょう。)
 ここで、また問題です。営業が初めてならば、人を雇うのも初めてです。どうしたら良いのかさっぱりわかりませんでしたが、さすがに人材採用についてはハウツー本が山ほど出版されており、それらを購入して活用することにしました。具体的には、下記のことを行いました。
・給料の決定
・従業員との雇用契約書の締結
・就業規則・給与規定の策定
・健康保険、厚生年金保険の加入手続き(社会保険事務所)
・雇用保険・労働保険の加入手続き(労働基準監督署)
・住民税の代理徴収と納付
 だいたいの手続きはハウツー本に書いてありますが、なかでも一番難しいのは給料の金額でした。なんといっても外資系企業相当の給料は逆立ちしても出せません。もちろん、元同僚も資本金1,000米ドルの会社がたくさん給料を払えるわけではないことを十分に承知していましたので、たいへんありがたいことに破格の給料で創業期を手伝ってもらえることになりました。
 ちなみに、その元同僚の自己紹介はこちらです。
 彼には、受注した仕事を任せてみることにし、私はまた別の仕事を探すことにしました。

2010年5月17日月曜日

取引口座の開設

2002年9月xx日
 取引口座の開設とは銀行に口座を開設することではなく、企業間の取引を行うための手続きです。一般に大企業が中小・零細企業と取引する際に、取引相手が信用できるかどうかを審査し、継続的な取引をするに値すると判断されると取引先として登録され「取引口座が開設された」状態になります。具体的には、大企業が中小・零細企業に商品を販売した際に売掛金が回収出来るか?中小・零細企業から商品を継続して購入出来るか?などを経理部や調達部などの調査担当者が判断します。そのために、下記の資料を要求される場合が多いでしょう。

・登記簿謄本(3ヶ月以内に発行されたもの)
・印鑑証明書(3ヶ月以内に発行されたもの)
・直近3年分の決算書
・取引先実績

 ここで直近3年分の決算書とありますが、これは最低でも3期は事業を継続しない限り用意できるものではありません。つまり、これは設立されたばかりの会社は信用がないことを意味します。当たり前といえば当たり前なのですが、私のような経営経験のない全くの素人が会社を作る場合を考えれば理由は明らかでしょう。しかしながら、大企業の社長といえども生まれながらにして経営経験を持っている人はこの世にはいません。名経営者と呼ばれる人たちですら最初はゼロからのスタートでしたので、これから起業される方も尻込みする必要は全くありません。そういう意味では、大学のサークルで経理をやっていたとか、アルバイトで店長をやっていたという経験があれば役に立つでしょう。
 上記は大企業側からの視点ですが、企業間ですからもちろんその逆もあります。零細企業が中小企業に対し、または中小企業が大企業に対し、信用(与信情報といいます)を要求する場合もあります。特に、零細・中小企業は潤沢なキャッシュ(現金)があるわけではなく、銀行から借り入れながら自転車操業をしている会社も多いでしょう。そんな状態で売掛金が回収できなくなれば、黒字なのに倒産してしまいます。よって、取引の前に売掛金が回収できるかどうかを判断するために、取引相手の決算情報などを要求することもあります。私も実際に以前の会社でこのような判断を迫られたこともあります。そのときの取引の検討相手は大手電機メーカーの系列企業だったのですが、新聞などで債務超過に陥っているであろうことが報道されており、売掛金を回収出来る保証がありませんでしたので大手電機メーカーの系列といえども結局取引することはありませんでした。
 ちなみに、このような与信情報を調査して提供するサービスを提供しているのが、帝国データバンクなどの民間調査会社です。大企業の中には帝国データバンクの企業コードを取得していなければ取引口座を開設しない企業もあります。つまり、審査の手間を省くために帝国データバンクの与信情報を使用しています。
 弊社の企業コードは、989809309です。また、開示情報は、こちらです。
 通常は何年もかかって信用を獲得してようやく証券取引所に上場しているような大企業と取引できるようになるのですが、弊社の場合は最初の顧客が上場大企業ですから幸運でした。これも以前の会社でそのお客様と信頼関係を築いていたからこそでしょう。もし、信頼関係がなかったら書類審査で落とされていたことに違いありません。
 数日後、発注書が郵送されてきました。

2010年5月15日土曜日

営業活動

またまた長期休暇をいただいてしまい、申し訳ありません。

2002年9月xx日
 さて、ようやく事業がスタートした次第ですが、一人ではやったこともなかった営業活動をしなければいけません。素人に営業活動が務まるのか?これは起業する人が皆抱える悩みかと思います。人は誰もが営業のスキルをもって生まれてくるわけではありません。という私も高校時代に高いラーメンの訪問販売のアルバイトをしたり(1日でやめましたが)、年末の鮮魚店で1週間ほど販売員をした程度です。
 しかし、ここで以前の会社での経験が役に立ちました。以前の会社では私は「フィールドアプリケーションエンジニア」という営業部所属の技術者だったからです。つまり、ときにはセールスマネージャあるいは本社のCEOに同行して営業活動を技術的に支援することが私の仕事だったからです。この活動により、営業の作法やノウハウを学ぶことができました。技術者ですから営業活動にはあまり興味はなかったのですが、やはり何度も何度も繰り返し同行していると自然に覚えてしまいます。ということで、見よう見まねで新会社での営業活動を始めました。
 また、幸運なこともありました。それは以前の会社を退職してからは、お世話になったお客様にあいさつ回りをしていたことです。つまり、この活動が実質的な営業活動になっていたわけです。そこで、「次は何をするの?」「小さな仕事だけど頼めない?」「人手不足だから手伝ってくれない?」というようなお話をいただいていました。
 まずは、そのなかの一社(大企業)と電子メールで話を進めましたが、見積書の書き方がわかりません。一昔前であれば、書店や図書館で調べたり、人にきいたりするところでしょうが、すでにネットの時代でしたので、検索してフリーの見積書作成ツールをダウンロードして使うことにしました。ここまでは、順調に進んだのですが、次に口座の開設が必要であると言われました。口座なら都市銀行に開設済みですが・・・その口座ではない?どういうものですか?営業の素人丸出しです。
 こんな状態で仕事を受注することができるのでしょうか?

2010年3月13日土曜日

インフラ整備

長い間、お休みをいただきご迷惑をおかけしました。今後も不定期に更新する予定ですので気長にご期待いただけますようお願いいたします。

2002年9月xx日
 さて、なんとか船出はしたものの独自ドメインもなければサーバーもありませんので、会社設立の挨拶メールも営業のメールも出せません。(普通は封書で挨拶状を送りますが、そんなお金はありませんでしたので。)
 もちろん、個人で契約しているプロバイダのメールアドレスを利用することも出来ますが、ネット社会にも関わらずドメイン名をもっていないというのは信用問題に関わります。ということで、早速、ドメイン取得とサーバーの立ち上げにチャレンジしました。当時はドメイン取得代行サービスを提供している会社がたくさん存在しており迷いましたが、サービス価格で広島の会社に決めました。.comビジネスが流行っていたのと、米国の会社ということで、無事、upwind-technology.comというドメイン名を取得することができました。
 次は、普通ならば、レンタルサーバーを契約するのでしょうが、GNU/Linuxシステムを専門としているのにレンタルするのはどうかと思いました。そして、サーバー管理能力の向上という目的も兼務して自社でサーバーを立ち上げてみることにしました。しかし、何度も言いますが高価なサーバーを購入するお金はありませんので悩んでいたところ、DELL社のウェブサイトで98,000円のサーバーが販売されており、少し迷いましたがバックアップサーバーを含めて2台購入することを決定しました。60万円借り入れたなかから20万円を費やすわけですからかなりの出費でした。(このとき購入したサーバーは、結局、6年間運用しましたので、後から思えばこの判断は非常に良かったと思っています。)
 しかし、サーバーだけあってもネットワーク回線につながなければただの箱です。ということで、NTT東日本のBフレッツとOCNのIP8プランも同時に申込みました。もちろん、ルーターなどの備品も購入しました。
 数日後、中国からサーバー2台が届きました。早速、Red Hat Linux7.3をインストールし、ウェブサーバー、メールサーバー等を立ち上げました。ちょうどRed Hat認定技術者の資格を持っていましたので、比較的楽に立ち上げることが出来ましたが、やはり知らないことも多くあり、このときの経験はたいへん勉強になりました。
 インフラの整備も整い、いよいよ事業のスタートです。

2010年1月17日日曜日

銀行口座の開設

2002年9月10日
 登記簿謄本と印鑑証明を入手した翌日、早速、近所の都市銀行に向かいました。都市銀行でなくとも、地方銀行や信用金庫、ゆうちょ銀行でも構いませんが、全国のお客様と取引することが予定されているのであれば、全国に支店の多い都市銀行のほうがお客様にとっても便利かもしれませんし、地元に密着したビジネスを行うのであれば、地元に強い地方銀行や信用金庫の方が便利な場合もあります。弊社の場合は、東京、名古屋、大阪、福岡などの都市圏のお客様を予定していましたので、都市銀行で開設しました。また、一つの銀行だけでなく、複数の銀行に口座を開設しておくと、お客様も自社も振込手数料が節約できるというメリットもあります。
 法人口座の開設手続きは、個人の口座を開設するときとほとんど変わりありません。口座開設依頼書に記入し、登記簿謄本と印鑑証明、定款のコピーとともに提出します。銀行印以外に代表者印(会社の実印)も必要になりますので忘れないでください。もちろん、このご時世ですから身分証明書を求められることもあるでしょうし、尋問のような質問をされることもあるかと思います。そして、大事なのが入金する現金です。弊社の場合は、日本支店という形でしたので金額は1万円でもよかったのですが、会社設立費用などの立替金の支払いが生じますので、かろうじて残っていた解雇予告手当など自己資金の残りの60万円を入金することにしました。なお、日本で会社を設立する場合は、資本金の払込という形になりますので、資本金の額を用意する必要があります。
 さて、ここで問題です。資本金が1,000米ドル(当時約10万円)にも関わらず、役員からいきなり60万円を短期借入金として会社が借り入れました。つまり、60万円の負債です。この時点で資産はいくらでしょうか?資産=資本+負債ですので、答えは10万円+60万円=70万円になります。
 次の問題です。この時点で会社設立費用などの開業費が10万円を超えていました。この状態を何というでしょうか?資本金を超える出費ですので資本がマイナスになり資産は負債のみになります。つまり、資産を処分しても短期借入金を返せない状態です。よって、この状態を債務超過と呼びます。
 債務超過の状態でスタートした新会社の運命はいかに。

2010年1月13日水曜日

登記完了

2002年9月9日
 その後、1週間が経過しました。渡された電話番号に電話すると登記が完了しているとのこと。急いで、また横浜地方法務局へ向かいました。銀行口座の開設や取引先での口座開設に必要な登記簿謄本や印鑑証明を受け取るためです。当時は、自動車は所有していましたので印鑑証明については知っていましたが、不動産は所有していませんでしたので、登記簿謄本って何?という状態でした。まあ、戸籍謄本の会社版と考えればわかりやすいかもしれません。パスポートを申請するのに戸籍謄本が必要なのと同じで、大企業と取引を行うときにも取引のための口座を開設してもらうために登記簿謄本が必要になります。口座を開設とはどういうことかと思いましたが、要は信用のある取引先として登録してもらうことです。しかも、登記簿謄本は1通1,000円、印鑑証明は1通500円(収入印紙なので消費税は不要です)もかかり、大体の場合、登記簿謄本と印鑑証明の1セットを提出することになります。銀行に1セット、取引先に1セット、他の取引先に1セットという具合に取引先が多ければ多いほど必要になり、法務局に何度も来るのは面倒なのでまとめて10件分もとれば、15,000円もかかります。しかし、大体の場合、取引先で有効期限というものが定められており、発行後3ヶ月以内のものしか受け付けてもらえませんので、必要以上にとりすぎないようにしましょう。
 書類の準備が整ったら、いよいよ銀行口座の開設です。

2010年1月6日水曜日

日本支店設立

 数日後、Digital Point, Inc.の日本支店であるデジタルポイント・インコーポレイテッドから茶封筒が届きました。開封すると登記書類、定款、株券、スタンプ、バインダーなどのセット一式が入っており、どうやら無事設立できたようです。定款等の書類にサインするように指示がありましたので、サインして終了です。あっという間に資本金1,000米ドルの株式会社の社長になりました。しかし、この時点では資本金は1ドルも払い込んでいませんでした。実は、米国では資本金は1年間の支払猶予があり、設立後1年以内に払い込めば良いのです。この制度も、起業しようとする人のことをよく考えており合理的であると感じました。実際に会社を経営すると、どうしてもある程度の資本金は必要になってくるのですが、設立した直後にはまとまったお金は不要です。
 さて、念願だった社長(President)にはすぐになれましたが、すぐにはビジネスを始めることができません。なぜなら、日本の顧客と取引を行うためには日本での法人格が必要になるからです。外国の有名な保険会社のなかには支社でも支店でもなく営業所という形態で個人を顧客として営業している会社もありますが、やはりまだまだ信用が求められる社会ですので、たった1人で設立した零細企業ではそうはいきません。よって、日本で法人格を持つために日本支店を登記することにしました。これも、書籍で指導されたとおりです。
 まずは、「会社設立4点セット」と名づけられた印鑑のセットをインターネットで発注しました。4点というのは、実印、銀行印、角印、住所印です。素材はお財布と相談して黒水牛にしました。この時点での費用は会社(日本支店)設立後に開業費として支出することができますので、領収書(もちろん会社名で)をもらうのを忘れないようにしましょう。
 会社(日本支店)の登記の方法ですが、事前に横浜地方法務局へ登記相談にでかけました。「外国法人の日本支店を登記したいですが・・・」と相談すると、さすが横浜です。外国法人が多いのかあっという間に、該当する説明書類をまとめてコピーして、OCR登記用紙、印鑑登録申請書とともに配布され、丁寧に説明してくれました。
 帰宅後、早速、書類の準備にとりかかります。米国で必要な大切な書類を日本の法務局に回収されてはいけませんので、「原本還付」というかたちで日本支店の登記を行います。以下の書類を用意しました。

・登記申請書(当時はまだB4サイズでした)
・業務方法書の原本、原本のコピー、訳文のコピー
・基本定款の原本、原本のコピー、訳文のコピー
・付随定款の原本、原本のコピー、訳文のコピー
・OCR登記用紙(登記申請書の内容をプリンタで印刷します。)
・印鑑登録申請書

2002年9月2日(月)

 用意した書類を持って横浜地方法務局へ出向き、9万円分の収入印紙を購入して登記申請書に貼り、書類一式を提出しました。受付の方が書類をパラパラっとめくり、「割印を押してください。」とのこと。「なんのことでしょうか?」「ホチキスでとめられた書類が同一のものであることを証明するためにページの間に印鑑をお願いします。」と言って折り目をつけてくれ、すべての書類に割印を押すのを手伝ってくれました。当時は、こんな当たり前のことも知らない全くの初心者でした。自分でも驚きますが、こんな初心者が創立した会社がよく9期目を迎えたものです。(笑)
 「問題がなければ10日ほどで登記が完了する予定です。」果たして、無事に登記されるのでしょうか?また新たなドキドキが始まりました。

2010年1月4日月曜日

会社設立

 そうはいっても、当時は会社法の改正前でしたから、株式会社を設立するためには1,000万円もの資本金を用意しないといけませんでした。有限会社でも300万円必要です。結婚した直後で、一文無しとなった私には300万円どころか100万円すら用意することが出来ませんでした。もちろん、合名会社や合資会社という選択肢もありましたが、初心者のくせに夢だけは一人前に大きくいつかは上場しようと考えていましたので、株式会社以外は考えられませんでした。それならば、投資家に資金を募るのが一般的でしょうが、シリコンバレーのベンチャーをいくつも見てきたくせに、事業計画の作成方法など全く知らないという超初心者レベルでした。もちろん、書籍もありましたが、今なら以下に示す総務省が作成した資料が役に立つかと思います。(やっと有益な情報をお伝えすることができました。)この手引きを読むと起業しようという心が萎えるかもしれませんが、間違ったことは書いてありませんので大いに参考になるでしょう。もちろん、この手引きに準じなくても私自身が示しているように会社経営は可能ですが、読んでおくにこしたことはありません。

参考:2008年3月7日、総務省:「事業計画作成とベンチャー経営の手引き」及び「事業計画作成支援コースの運営とベンチャー支援上のポイント」の公表

 資本金の工面で困っている時に出会ったのが、「30万円でらくらく株式会社をつくる本」(川崎裕司著)という書籍です。サブタイトルは、「アメリカに会社をつくって日本で大儲け!目からウロコの超格安起業法」です。そうです。米国なら、資本金は1USドルでも株式会社を設立することが可能です。(過去に、有名な会社でも資本金が1USドルだったことに驚いたことがあります。)米国の会社に長く勤めていたくせに日本での設立しか頭にありませんでした。当時は日本ではまだ資本金の額がその会社の信用を表現しており、株式会社、有限会社、合名・合資会社という暗黙の格付けが行われていました(未だにそういう業界もあるようですが)。日本では歴史的な経緯もありましたが、すでに米国では資本金の額は意味をなさないと考えられていましたので最低資本金制度というのはありませんでした。その後、日本でも会社法の改正により最低資本金制度が撤廃されたことはご存知かと思います。

 解決策が見つかったらあとは突進するのみです。私の生まれがイノシシ年ということもあり、まさに猪突猛進でした。早速、著者の経営するDigital Point, Inc.が運営するハワイ法人設立のホームページで、「設立のお申し込み」メニューをクリックしました。そして、質問に答えていくだけで米国のハワイ州にらくらく株式会社の設立の代行を依頼することができました。このときの依頼費用は1,600USドル程度(2010年1月4日現在は1,692.60USドル)でしたのでなんとか解雇予告手当から工面することができました。果たして、書籍の通り、本当に米国のハワイ州にらくらく株式会社が設立できたのでしょうか。期待と不安で胸がいっぱいの日々が続きました。

レイオフ

 そもそも全く経営経験がない私が、なぜ会社を設立することに至ったのかについて簡単に説明しておきましょう。

2002年7月29日(月)
 当時、私はある外資系ソフトウェア企業の日本支社に勤めていました。勘の良い方ならすぐ推測できるかと思いますが、その企業はNASDAQに上場しており、GNU/Linuxシステムに代表されるオープンソースソフトウェアを開発していました。そこで、私は、組み込みシステム向けのコンパイラや組み込みLinuxと呼ばれるソフトウェアの日本でのサポートを担当していました。
 その日、私はいつもと同じように朝9時に出社しました。すると、社内の雰囲気がいつもと違うことに気がつきました。一番で社長と面談した社員に聞くとどうやら7月31日付けで大規模なレイオフが実施される、つまり解雇されるとのこと。当時、会社はITバブルの崩壊により売上が上がらず、株価も停滞し、CEOはウォール街で投資家への説明に奔走していました。一方では、新しく生まれた組み込みLinuxの競合他社が新規顧客を開拓しており、売上の大幅な拡大が見込めない状況でした。そこで、ついに本社が組み込み関連の事業を縮小する決断を下したようです。
 ついに私の順番が回ってきましたが、同僚に聞いた話の通りで、もめることもなくあっという間に終わりました。レイオフは外資系企業では当たり前のことであり、私も数々の同僚がレイオフされるのを何も出来無いまま見守ってきましたので、ついに自分の番が来たかという感じでした。昨年、日本でも外資系で有名なITの巨大企業のリストラが話題になりましたが、そもそも終身雇用を約束しているわけではないのでもめるほうがおかしいのではないかと思います。日本企業に勤めるサラリーマンよりも高い報酬をもらっているのですから、会社から要らないと言われたら、他を探すのがルールではないでしょうか。その後、身の回りの片付けを行い、会社に残る上司たちや同僚と最後の昼食を共にした後、秋葉原のオフィスをあとにしました。

2002年8月x日
 私はちょうど一ヶ月前に結婚式をあげたばかりで新婚旅行にもまだ行っていなかったため、大手商社に勤めていた妻もさぞや驚いたことでしょう。解雇予告手当が30日分支給され、雇用保険から手当が6ヶ月間受給できるとのことで、しばらくのんびりしようかと考えました。しかし、のんびりする間もなくすぐに競合他社や他の会社からお誘いがきましたので、まだまだいけるかなとも思いました。今、振り返ると、この時の各社からのお誘いが背中を押したのかもしれません。
 そうこうしているうちに会社から雇用保険の手続きに必要な書類が届き、生まれて初めてハローワークに行きました。ハローワークによると求職活動中に就職や独立しても未給付の手当があれば額は減るが給付されるとのことです。そこで、「まだ若いから就職する前に一度独立してみよう!」と思い立ちました。一度は社長業というのをやってみたかったのです。

2010年1月3日日曜日

ご挨拶

初めまして。アップウィンドテクノロジー・インコーポレイテッドという組み込みソフトウェアの研究・開発会社を2002年から経営している中村憲一と申します。どうぞよろしくお願いいたします。

皆様、あけましておめでとうございます。また新たな10年が始まりました。英語では、Happy New Decade!と挨拶する方も多いようですので覚えておいてまた10年後に使いたいと思います。ちなみに、このように言われたときは、Happy New Decade to you, too!と返しましょう。

さて、すでに始まった新たな10年代ではインターネットをはじめ、企業内、工場内、学校内、家庭内などのネットワークがさらに重要なテーマになることに疑いの余地はないでしょう。なかでも、よく言われているように人のネットワークつまり人と人の「つながり」がキーワードであると私も考えています。日本でも、ブログだけではなくMixi、Twitter、Facebookなどのソーシャルネットワークサービスが人気を集めており、鳩山首相も1月1日からTwitterとブログ鳩カフェを始められました。小泉首相のメールマガジンのような一方通行ではなく、双方向性つまり国民からのフィードバック、そして「つながり」を重視したものと推測します。ただ、残念なことに、人は相手から価値のあるモノ(楽しいという感情、役に立つ情報、サービスなど)を得られない限り、公私共に「つながり」を大事にすることは少ないでしょう。特にビジネスにおいては、価値のあるモノを得られない相手とつきあうビジネスマンは少ないでしょう。

それでは、私がどんな価値のあるモノを皆様に提供出来るのでしょうか。あいにく皆様を楽しくさせるようなお笑いやユーモアのセンスは持ち合わせていませんので考えてみたところ、会社経営の経験の全くない初心者が会社経営を行うとどうなるか?どうなったか?という情報が役に立つのではないかと思い、「初心者のための会社経営術」というタイトルに決めました。(この決定のプロセスも実は重要なのですが、それについては後日書きたいと思います。)

これからの10年では、時代の流れがますます速くなるでしょう。問題に出会ったとき試行錯誤している時間はありません。そんなとき、似たような道を歩んだ先人のノウハウがあれば問題に素早く対処できるどころか、問題を回避することも可能になります。かくいう私も随時先輩経営者の方々から先人の知恵を授かっています。(この先輩経営者の存在というのも重要なのですが、これについても後日書きたいと思います。)おかげさまで私の経営する会社も今年で9期目に入りました。これから、その間に起こった出来事について書いていきますので応援宜しくお願いいたします。